2012年05月26日
エクスペリメンタルミュージックシリーズ第5弾!!!!!
ジャズからエレクトロニック・ミュージックまで、多彩な活動を行う大谷能生によるジャズとヒップホップのアブストラクト・アマルガメイション!
スタジオでは何かと目の敵にされる雑音がライヴの場では現場の雰囲気をいきいきと再現する背景音になるから、その音源はドキュメントとしてすぐれている、ということではない。食器の擦れ合う音、キャッシャーのチンジャラジャラ、声をひそめた会話、息づかい、ひとの気配、これらはケージのことばを俟つまでもなく、音楽のいちぶではなくそのものであり、欠かすことはできない。
ある夜、ヴィレッジ・ヴァンガードに登場したピアニストのライヴ盤を聴いてジャズにめざめた大谷能生の感じ方はそのまま私の音楽体験にも重なってくる。わかりすぎるほどわかる、ひょっとしたら時代というものの働きがあるかもしない。
大谷能生がジャズに狂いはじめたとき、ヒップホップはすでに存在した。そこではジャズやソウルやファンクから切りだしたビートがループした。
音楽の線状の時間は音盤になることで不動を約束されたかに思われたが、リサイクルされる段階になってアーカイヴは急迫した。90年代の話である。
ジャズもスウィングの、ビバップの、モダンの、フリーの、フュージョンの歴史の上から高みの見物をきめこむわけにもいかなくなった。ビートの最小構成単位に切断された過去は組み直されることで現在進行形を意味するだけでなく未来を予見したが、エレクトロニック・ミュージックはエントロピーを増大させるかのようにジャンルも方法論も細分化をきわめ、ちょうど前世紀と今世紀の変わり目、ようやく未来になったあたりで道に迷っていた。
そのとき、批評家でもある大谷能生は音楽の歴史を問い直す著述を多くこなし、古典にことばで向かうことで、現実の閉塞感を打破する方法を模索していた。本人はそうじゃないというかもしれないが、そうじゃないこともないだろう。
『Jazz Abstractions』は、音楽家/批評家の両面をもつ大谷能生にしかできない作品である。ライナーにある通り、このアルバムで大谷能生は一曲につきひとりのジャズメンの肖像を描くように音を再構築している。曲名でおおかの察しがつくと思うが、モンク、コルトレーン、マックス・ローチ、エルヴィン、ミンガス、アイラーやボブ・ジェームスもいる、絶妙の王道感と偏向ぶりだが、内容はそれに輪をかけて王道であるとともに偏向している。何に対する偏差かといえば、ヒップホップに対するそれだ。大谷能生のアブストラクション(ズ)はヒップホップのアンダーグラウンドをほのめかすクールさとロジックをもちながら、そこからはみだす身体性と野趣を強く感じさせる。これは大谷能生の演奏を聴いたり文章を読んだりしたことのある方ならご理解いただけることだろうし、どこか〈Blacksmoker〉のレーベルカラーを彷彿させもする。大谷のコンダクトに呼応して、音に抽象化されたジャズメンたちはその不在を埋めるようにときに饒舌に、また寡黙に語りはじめるが、ビートと一体となることで、ジャズでもヒップホップでもある/ない音楽がそこにできあがっていく道程に、気づけば私たちは誘い出されている。(松村 正人)
追記
『Jazz Abstractions』には大谷能生の鋭い言葉選びと押韻のセンスを披露したラップトラックを3曲収録している。『「河岸忘日抄」より』で露わになった大谷能生の肉感的な(と書くと、なんかいかがわしいが)声によるアブストラクトなラップもまた聴きものである。
◆大谷能生(おおたによしお)
1972年生まれ。ミュージシャン、批評家。ジャズ(サックス)、エレクトロニクス、ラップ、朗読など、多数のバンドに参加して幅広い演奏活動を行っている。近年は舞台作品の音楽制作・出演も多数。著書に『憂鬱と官能を教えた学校』、『M/D』(菊地成孔との共著)、『貧しい音楽』、『持ってゆく歌、置いてゆく歌』など。一月に新刊『植草甚一の勉強』が出る。
TRACK LIST
1.Thelonious Study #1
2.Colemanʼs Mushup TV Dinner
3.Bob James
4.Percussion Bitter Sweet
5.No Cover,No Minimam
6.Elvinnvie
7.Cumbia Jazz Fusion
8.DlsMcx
9.Thelonious Study #2
10.Conquistador!
11.Iʼll Remember April Rejoice
12.Strange Fruits